八石潭の由来
咸陽石の特徴
奇岩絶壁の龍湫渓谷の物語
・咸陽石の特徴
石質が強く、形が美しいので昔から殿閣や楼亭の基檀石としてよく活用されている。最近では一般建築物や住宅の石材、記念碑石などとしても人気があり、外国への輸出も次第に増えている。一部の業者がこれに便乗して無分別な石材の採石をして自然景観が損なわれたため、現在は開発が制限されている。
・奇岩絶壁の龍湫渓谷の物語
どの地域でも龍にまつわる伝説が数多く存在しているが、山間僻地である咸陽(ハミャン)の龍に関する伝説はちょっと面白い。昔、龍湫(ヨンチュ)渓谷の龍沼(ヨンソ)、龍湫瀑布(ヨンチュポクポ)、花林洞(ファリムドン)渓谷の八潭八亭に全て龍が住んでいて、10kmほど離れた龍遊潭などに龍10匹あまりが住んでいたという。この龍たちの能力は神出鬼没で、地中に洞窟を造って互いに行き来したとされる。今も龍湫瀑布から晋州市の南江ダムまで通じる龍窟がある。
腹違いの兄弟龍たちの仲が悪く、些細なことで喧嘩ばかりしていたという。そんなある日、花林洞渓谷に住んでいた龍が腹違いの弟である龍遊潭の末っ子の龍と喧嘩した時に目を刺されて片目が見えなくなっしまった。そのため龍たちの間で争いが起こり、互いに頻繁に行き来しながら相談をするようになった。龍たちは天に昇るには1千年以上も体力を備蓄しなければならなかったため、花林洞と龍湫渓谷に住んでいた龍たちは花崗岩でできた山奥に流れる水に沿って這って行くことに決まり、道を作ることになった。 力の強い龍たちが割れた所は埋め、岩を掘り出して投げると、今日の黄石山・五峰山・掛冠山のような奇岩絶壁の山ができたそうである。また、造られた道を滑るように行き来できるようにするため、石を削ったので今のようになめらかになったそうである。ある日、一斉に龍たちの戦いが起き、その余波で天地が揺れ動き、今日のような険しい咸陽郡の地形ができたと伝えられる。その戦いで負けた龍たち龍遊潭に閉じ込められ、戦いに勝った花林洞と龍湫渓谷の龍たちも精根尽きて奥深く隠れて現在まで姿を現わさずにいるが、今後1千年が過ぎたら再び地上に現われて活動を始めると伝えられている。