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   庶民の清渓川
      ① 庶民を知識に目覚めさせた清渓川

   
  朝鮮時代廣通橋を中心とした清渓川周辺と貞陵洞(今の中区貞洞)、六条通り(今の世宗路)には冊肆、書画肆などの書籍と絵画を販売する店が整然と並んでいた。廣通橋を中心とした清渓川周辺地域では、坊刻本という販売を目的とした書籍の刊行が活発であった。坊刻本は主に民間や商人らによって刊行され、周辺にある冊肆や書画肆を通して流通した。坊刻本を刊行する所は紙を生産する造紙署の付近と南大門外の紫巌、冶洞、成均館近くの宋洞にもあったが、主に清渓川周辺地域に密集していた。武橋・由洞・美洞・蛤洞・広橋・ドンヒョン・毛橋・孝経橋などがその代表的な地域であった。ここで刊行された書籍の種類を見ると、基礎学習書とハングル小説で、主に一般庶民を対象にしたものであった。

  一般庶民の為の坊刻本の刊行と流通は知識の大衆化に大きく寄与した。多くの人の往来があった清渓川周辺地域はまさにその中心であった。知識大衆化の中心地として清渓川の命脈は朝鮮末期、近代へとつながっていった。韓国最初の近代式印刷所である博文局が清渓川そばの乙支路 2街に位置しており、東書館と光文会といった書店が廣通橋周辺に位置していた。
     ② 主婦の憩い場、清渓川  
 
  きれいな水が流れる時の清渓川はまるで公衆洗濯場のようであった。主婦らはたまった洗濯物と洗濯釜を頭に載せ、川辺に寄り集まった。平たい石を捜して洗濯版にし、その上に洗濯を広げ、洗い終わった洗濯物はそのまま周辺の適当な場所に乾かした。洗濯棒の音、白く開げられた洗濯物、主婦らの話し声、母親のチマチョゴリの裾を握って洗濯場にやってきた子供たちの水遊びなどで清渓川はまるで遊園地のような雰囲気であった。

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